志貴達が『闇の封印』から抜け出せれたのは『ベルゼブブ』との戦闘から一時間後の事だった。
『ベルゼブブ』との戦闘で知らず知らずの内に前進は続けていた様だ。
その間にイタリア艦隊と連絡を取りたかったのだが、無線機は『ベルゼブブ』との戦闘時回避運動の反動で艦外、つまり地面目掛けて落下してしまった。
「ふぅーやっと抜け出したね」
「まずは一安心かな?」
「とりあえず手身近な所に着陸してそこからトルコに転移しよう」
志貴の提案に全員一も二もなく賛同する。
まさかいきなり空飛ぶ船が現れては混乱するのが目に見えている。
「そうして貰えると助かるよ。まさか『幽霊船団』がここまでの大損害を受けるとは思わなかった。さすがに疲れたよ」
そう言うのは『ベルゼブブ』戦闘後から疲労の色を隠しきれなくなったフィナ。
長時間の『幽霊船団』展開だけならばまだしも、『ベルゼブブ』の戦いまで重なり相当消耗したようだった。
「で、一番近い島は・・・ここだな。ギリシア領リムノス島、ここで着陸してそれから転移でトルコ、イスタンブールに」
十八『消息途絶』
「志貴ちゃん!!」
イスタンブールに到着した志貴達を出迎えたのは琥珀の歓声だった。
「志貴ちゃん!!無事だったんだ!」
「志貴!」
「兄さん!」
「志貴君!」
それに釣られて翡翠、シオン、秋葉、さつきが志貴達に駆け寄る。
その後ろからはレンが安堵した表情で駆け寄ってくる。
ちなみに宗一郎とメディアはすでにメディアの転移で日本に帰国したらしい。
「志貴、一体どうしたのですか!連絡を入れようにも全く応答がなかったから心配したのですよ」
「ごめんシオン、敵襲を受けて通信機を失ったんだ」
「敵襲ですか?ですがそんなの兄さんやアルクェイドさん達がいればさほど問題ないはずでは?」
「普通の敵だったらね」
「普通の敵ではない・・・もしや!『黒翼公』ですか!」
「いや、幸い『黒翼公』じゃない」
「ヴァン・フェムの『魔城』よ。それも空を飛ぶタイプの」
シオンの疑問に答えたのはアルクェイド。
泣く泣くメレムの頬にキスをしてからいたくご立腹である。
後で志貴のサービスがある事が確定していても納得出来ないのだろう。
「なるほど・・・その可能性も考慮するべきでしたか」
アルクェイドの言葉だけで事情を察したシオンが生真面目にうなずく。
「それよりも!大変なんです!」
「大変って?」
とさつきが志貴達に差し出したのは赤ん坊。
「??この子がどうしたんだ?」
「そ、それが急に両腕両足に変な模様が・・・」
そう言いながら赤ん坊の裾を捲し上げる。
そこには確かに両腕両足にびっしりと意味不明な模様が刻み込まれている。
「!!これは!」
「姉さん・・・何か知っているんですか?」
内心、これが何なのかを直感で察した志貴がそれは外れである事を祈りつつエレイシアに確認を取る。
「・・・一度ナルバレックに見せて貰った事があります。これは間違いなく、ナルバレックの家に伝わるとされる当主の証の紋様・・・つまりこれがこの子に現れたということは・・・」
「・・・」
全員顔を見合わせて神妙な表情をする。
好感、嫌悪で言えば間違いなく嫌悪の方が大きいが、生き死にに対して口にする者はいないし、何よりまだ産まれて間もない赤子の事を考えれば軽々しく口にして良い事ではなかった。
「・・・とにかく、イタリア艦隊と連絡を取ってみよう。詳しい事がわからない以上、どうしようも出来ない」
志貴達がどうにか撤退中のイタリア艦隊と連絡を取ることに成功し、生き残りの代行者からナルバレック戦死の報を聞いたのはそれから数時間後の事だった。
その事を聞いた後、志貴は表情を変える事無く、いつも通り振舞った。
ただし、必要最低限の事しか口にせず、日中はずっと赤ん坊と一緒に時間を過ごしていた・・・
イタリア艦隊がイスタンブールに到着したのは二日後だった。
下船してからすぐに司令代行の代行者はナルバレックの遺言としてCD−ROMと手紙をエレイシアと志貴に渡された。
「姉さん、そちらには何と?」
「ええ、埋葬機関の局長代理職に就けと一方的な内容です。全く死んでからも人をこき使うみたいですよ」
そう言って力なく笑う。
「そういう志貴君の方は?」
「ああ、俺ですか?赤ん坊に関しての事だけです」
「そっちの方がまだ人間味がありますね」
「ええ、名前と出来れば里の方で育ててくれないかと」
「名前?名前を書いてきたんですか?」
「ええ、カール。カール・ナナヤ・ナルバレックと名づけてくれと」
「志貴君はそれにするんですか?」
「はい、死んだ人間の意志を尊重して」
「そうですか・・・ではあの子を」
「ええ、いざとなれば俺が泥を被れば良い訳ですし、翡翠と琥珀から母さんに頼んで見るつもりです」
真姫の子供に対する甘さは折り紙付きだからたぶん大丈夫だろうと付け加える。
実際、真姫は赤ん坊のカールに罪はないと断言し、七夜の里で育てる事に同意し、更に『蒼黒戦争』中は自分が母親代わりをする事にも了承したのだった。
最も、志貴に対しては個人的に呼び出し、一刻も早く翡翠達を身篭らせろと命令を下す事になるのだが。
翌日、志貴達は日本への一時帰国の途に付く事になった。
なお、エレイシア、ダウン、メレムはイスタンブールに残り埋葬機関を含む教会戦力の再編及び、イスタンブールの防衛計画立案に従事する事になっている。
「じゃあ姉さん、気を付けて」
「ええ、まずは『六王権』軍の侵攻よりも速く、イスタンブールの魔道要塞化を完成させないとなりません。完成すればおいそれと侵攻は出来ませんから。それよりも心配なのはロンドンの方です」
「俺達も事が終わり次第ロンドンに向かいます」
「そうして下さい」
志貴とエレイシアが今後の事を話し合っている傍ら。
「姫さまぁ、一緒に残りましょう」
「しつこいわよメレム」
アルクェイドと離れたくないメレムがやや駄々を捏ねていた。
だが、アルトルージュの『じゃあ私が残るわね』という言葉には高速で拒否を示したのだが。
日本に転移で戻った志貴達はすぐに『七夜の里』に帰還する。
また、リィゾ、フィナ、プライミッツは『千年城』に一足先に帰還している。
予定では七夜の里に戻った後は、『千年城』を訪れ、士郎の様子を確認した後、ロンドンに向かう手はずになっていた。
だが、その予定はいきなり頓挫する事になった。
「ああ志貴君やっと戻ってきたのね」
「朱鷺恵姉さん?どうしたんです」
「今、志貴君にお客さんが来ているのよ」
「俺に?」
「そう。あの関西弁の外人」
「って教授??一体何の様だろ??」
来訪の予定など欠片も聞いていかった志貴はまず首をかしげる。
「まあ良いか、とにかく会ってみよう。翡翠、琥珀、すまないけど母さんにカールの事頼んで来てくれないかな?」
「うん、わかった」
「じゃあお母さんの所に行って来るね」
カールを抱いた翡翠と琥珀と別れて残りの一行は朱鷺恵と共に『七星館』に帰る。
そこでは玄関でそわそわしたコーバックがうろうろしていた。
「教授」
「おお!志貴か!よーやっと帰ってきおったな」
「どうされたんですか?急にこっちに来るなんて」
「それや!志貴、士郎知らんか!」
「士郎?士郎ならあの日、士郎の家に送ってそれっきりですけど」
「ほんまか?こっそりロンドンに戻したりしとらんやろうな?」
「馬鹿言わないで下さい。あいつの状態は俺も判っているんです。土下座されても連れて行きませんよ」
「さよか・・・」
明らかに気落ちしたコーバックに嫌な予感を覚えた志貴が尋ねる。
「一体、どうしたんですか?」
「それがの・・・士郎が行方不明なんや」
「それを先に言って下さいよ!士郎の行きそうな所は探したんですか?」
「ああ、ゼルレッチと協力して心当たり手当たりしだい当たったんやが」
「見つからなかった」
「そや。で、もしかしてここにおるかもと思って見たんやがここにもおらんで、まさかと思った訳や。ちなみにゼルレッチは念の為にロンドンに出張ったで」
「ロンドンと言う事は・・・バルトメロイが?」
「今のところその気配はない。むしろ連中も士郎の動向を探ろうと躍起になっとるちゅう話や。ただの・・・」
「ただ?」
「士郎の家の中庭で戦闘が行われた形跡があるんや」
話を聞いて志貴はコーバックと共に衛宮邸へと転移する。
アルクェイド達には『七星館』に待機して貰っている。
「ここまで送ってすぐに帰ったんやな?」
「そうです」
コーバックの問いに答えながら中庭を調べる。
確かに所々剣で斬られたと思われる箇所、更に
「弾痕??」
地面や柱に小さい抉れた箇所がいくつも残されている。
だが、それは穴が開いているだけで穴を開けたと思われる物体は何もない。
地面ならばまだしも、柱にもそれは全く存在していない。
ましてやこれだけの箇所を全て取り出すなどきわめて困難だ。
更に、戦闘が行われたにしては血痕は全く存在していないのも気にかかる。
「どう見る?」
「これだけでは正直何とも言えません。ただ何か起こったのは間違いないかと・・・でも戦ったにしては血痕が無いと言うと・・・戦闘と言うより、試合の印象ですよね・・・」
「試合か・・・」
志貴の言葉にコーバックも頷く。
「そう言えば、近所はどうなんですか?何か不振な物音を聞いたとかそう言った事は」
「何も聞いとらんとの事や」
そうなると、後は大河が頼みの綱だが・・・
「藤村さんにも聞いて見ます。もしかしたら何か知っているかもしれませんし」
「そやな。そうしてくれるか?」
「はい」
「あれ?七夜君じゃないの。久しぶりね〜」
「どうもご無沙汰しています藤村さん」
藤村組に志貴が訪れるとちょうど大河が出かけるのかそれとも外から帰ってきたのか玄関口にいた。
「丁度良かった、実は」
志貴の言葉より早く大河が思わぬことを口にする。
「七夜君大所帯でお邪魔してご免ね。士郎とか迷惑してない?」
「え?」
「士郎この前皆連れて七夜君の所に遊びに行っているでしょ」
「え、ええ」
ロンドンに全員が行く時士郎がそう言って大河に家の管理を任せた事は聞いていた。
「そっちに行ってもう一週間近くなるでしょ。士郎だけならまだしも子悪魔ロリっ子とか騒がしくしてない?」
「い、いえ・・・大丈夫ですよ・・・皆行儀良いですし」
「そう?じゃあ士郎に迷惑にならない内に帰ってきなさいよって伝えて。士郎の手料理もそろそろ恋しくなってきたし」
「は、はい。じゃあ・・・失礼します・・・」
そう言って志貴は立ち去った。
大河の言葉の意味に顔面を蒼白にさせながら。
「志貴どないやった?」
「教授・・・最悪です。藤村さん、士郎が一度帰って来た事も知っていません」
「なんやと・・・そうなると・・・」
「俺が帰ってから直ぐ何者かと戦闘が起こり士郎は消息を絶った・・・」
その結論に志貴は知らず知らずの内に歯軋りを起こし、思わず地面を蹴りつける。
「ゼルレッチからも連絡が入った。ロンドンにも士郎はおらんそうや。バルトメロイにもこれといった動きはない。『クロンの大隊』を使うて探りは入れとるみたいやが」
「そうですか・・・」
「志貴、一先ずおどれは『七星館』に帰れ。士郎の消息はワイとゼルレッチでどうにか探すさかい」
「・・・はい、心苦しいですが、教授、士郎の事よろしく頼みます」
志貴はそう言って深く頭を下げた。
だが、戦局は彼らを一つの事に集中させる機会すら与えそうに無いようだった。
『七星館』に戻った志貴を待っていたのはゼルレッチ経由でもたらされた情報だった。
『エジプト、アトラス院が現状『六王権』軍の攻撃を受けている』と・・・
『六王権』軍のアトラス院攻撃、それも兵数は十万。
既に攻撃を受けてから二日経過していると言う。
「馬鹿な!いくらなんでも速過ぎる!」
そう言いながら志貴は地図を広げる。
『六王権』軍がアフリカ大陸に最初に上陸したのがスペイン領セウタ。
そこからエジプトカイロまで直線距離にして三千キロ以上、いや、北アフリカの地形を考えると明らかにそれ以上。
いくら死者が補給も休息も必要ないとは言え、その速度は今までの進行速度から言って推定で日速で二百五十前後。
まだ一週間ほどと考えればようやく中程と考えられていた矢先の攻撃の報に、志貴は珍しく焦る。
そこに『七夫人』の智を代表するシオンが顔面を蒼白にさせながらも口を開く。
「志貴、おそらく『六王権』軍は船を使ったのでしょう。そうでなければ説明がつきません」
「そうか・・・おそらくどこかの港で拾い上げてそこから・・・だがそれでもこの数は納得できない。船だけで十万運ぶなんてよほどの大船団でもない限り不可能だ・・・たぶん別の手が・・・」
「志貴!そんなこと考えている場合じゃないでしょ!それよりもアトラス院の援軍に行かないと」
「だが、フィナさんはイタリアの撤退戦で相当消耗している。転移しようにもエジプトも既に封印の闇に覆われている」
そこに、いきなり青子が姿を現す。
「せ、先生!」
「ああ志貴戻ってきたのね丁度良かったわ」
「どうしたんです?もしかして士郎が見つかったんですか?」
「いいえ、残念だけど士郎はまだ発見されていないわ。もっと悪い報告よ。『六王権』軍がドーヴァー突破を再度図って来たわ」
「!!なんてこった・・・アトラス院攻撃に続いてイギリス再侵攻かよ・・・」
だが、悪い時には悪い事が重なるものである。
携帯からエレイシアの連絡が入る。
「はい!もしもし!」
『志貴君ですか!申し訳ありませんが直ぐに戻ってきてくれませんか!『六王権』軍がイスタンブールに本格的な攻撃を掛け始めたんです!』
「何だって!!アトラス院、イギリス、止めとばかりにイスタンブール攻撃かよ!」
こちら側の重要拠点三ヶ所への同時攻撃を仕掛けてくるとは・・・
「姉さんイスタンブールの防衛体制は?」
『正直心もとないですね。要塞構築は急ピッチで進めていたんですが、穴もかなり残されています。戦力再編もようやく終わった所ですし・・・現状の戦力では少し厳しいです』
「・・・一先ずアトラスとイギリスの事もありますから、少し話し合ってそれから連絡を入れます」
『ええ判りました』
携帯を切った志貴は全員に力のない笑みを見せる。
「との事だ。どうするか全員の意見を聞きたい」
「アトラス院、イギリス、イスタンブール、どこを守るか・・・」
「イギリスはまだ士郎は不在だけど英霊達はまだ健在なんでしょ?そっちに任せても大丈夫なんじゃない?」
「それにメディアにも先に連絡を入れておいたわ。今頃イギリスに向かっている筈だわ」
「ならイギリスは彼女達に任せても問題ないな。そうなれば俺達はイスタンブールかアトラス院か・・・シオン、お前の意見は?」
「・・・私情を挟まなければ優先すべきはイスタンブールです。アトラスには今まで開発されそのまま封印された武器、兵器が大量にあります。それに志貴も知っていると思いますが、アトラスの構造自体が一種の要塞です。食料や水も豊富にあります。それらを上手く使えば長時間『六王権』軍を防ぎとめる事も可能です。ですがイスタンブールは魔道要塞工事は進んでいるとはいえロンドンに比べると未だ脆弱、おまけに先日の撤退戦での損害も軽視出来ません。何よりも、イスタンブールを抜かれた後、代用となる防衛都市の候補は皆無に等しいです。つまり、イスタンブールが陥落すれば、ユーラシア大陸は『六王権』軍に無防備な姿をさらす結果となります。ただ・・・」
そこまで言ってシオンは唇を噛み締め顔を俯かせる。
その理由は明白、エジプトの両親を案じて結論を出す事が出来ない。
志貴達もそれを察している。
しばし奇妙な無言が場を包む。
その沈黙を破ったのは携帯の着信音だった。
「??この着信は・・・」
「わ、私です」
そう言って慌てて携帯を取り出すシオン。
「もしもし」
『シオンか?』
「お、お父様!ご無事なんですか?」
あまりにも意外な電話の相手にシオンの声が上ずる。
『ああ、カイロにまであと少しの所まで迫って来ている。現地は大パニックだよ』
「もう、そんなに・・・やはり船を?」
『いや、偵察の話だと船と奇怪な列車を使用しての事らしい』
「列車??ですが線路は・・・」
『ああ、そこが奇怪なんだが、どんな悪路でも速度をさして落とさず次々と国境を突破してきたらしい。それも推定で百近く』
「百・・・そ、それよりもお父様達は既にカイロを・・・」
シオンの希望を込めた質問は残忍な事実によって応じられた。
『いや、院長と掛け合ってね、アトラス院の防衛司令官になったよ』
「そ、そんな!す、直ぐに助けに!!」
『シオン!』
動揺した娘を一喝する。
「!!」
『ここよりも守らなければならない場所はあるだろう?』
「ですが・・・」
『お前もアトラスの錬金術師ならば院よりも全体を見なさい。ここは大丈夫。院で封印した武器の使用許可も得ている。もちろん最小出力限定だがね』
「お父様・・・」
『大丈夫。ここは必ず守り抜くからお前もやるべき事をしなさい』
「・・・はい判りました」
『今度は志貴君と顔を見せてくれ。それと良ければ孫の顔も』
「はい、必ず、イスタンブールの『六王権』軍を撃退して会いに行きます。だから無事でいて下さい」
『ああ、じゃあ』
通話を切ると、シオンは全ての迷いを振り切った表情できっぱりと言い切った。
「志貴、イスタンブールに向かいましょう。イスタンブールが陥落する事はユーラシアの危機を意味します」
シオンの決心に志貴を頷いて応ずる。
「判った。じゃあ先生、申し訳ありませんが先生はロンドンの方へ援軍をお願い出来ませんか?いくら英霊がいたとしても不安が残りますから」
「オッケー。じゃあ志貴の方は残りの全員?」
「はい、翡翠と琥珀が戻り次第向かいます。ただ、フィナさんはこっちに、残します」
「それが妥当ね。フィナ相当消耗しているから。体調を戻してからこっちに来る様に厳命するわ」
「ああそうしてくれ」
その頃、カレーでは・・・
「着いたか・・・」
十四位ヴァン・フェムが報告を聞き一つ頷く。
「これで全て揃った。しかし、『ベルゼブブ』と『リヴァイアサン』が撃破されるとは・・・だが、こいつらはそうは行かんぞ。残り五つの大罪を受けて消え去るが良いロンドン・・・全軍、ドーヴァーを再び越える!!先陣は『マモン』部隊、その後ろに死者船が続け!空の露払いは『ルシフェル』が勤める。『アスモデウス』と『ベルフェゴール』は死者船と共に進み『サタン』は我と共にあれ!後から到着するリタの部隊は後詰めとする!」
号令を受けてヴァン・フェム率いるロンドン攻略部隊がルヴァレ軍のそれとは比較にならない暴威を持って迫ろうとしていた。
また同時刻、『六王権』軍トルコ方面最前線に位置する都市チョルルでは
「・・・何用だ?片刃」
イスタンブール攻略の為赴いたユーラシア東方侵攻軍司令ネロ・カオスが意外な相手を出迎えていた。
「何用とはご挨拶だな。イスタンブール攻撃を手伝えって事で来たんだよ。文句あるか」
そう返答を返すのは十八位エンハウンス。
当初ロンドン攻略に向かう予定だったのが、未だに防衛体制の未完成なイスタンブール攻略の為に急遽こちらに回されたのだ。
「ふむ、我一人では力不足とみなされたと言う事か」
「どうかね。俺の上司ならまだしも手前の方はそんな気回しをするとは思えんが」
「・・・そうだな」
二つの意味で頷くと
「まあ良い。我は我で動く。貴様は貴様で勝手に動くが良い」
「けっ、言われなくともそうさせてもらう」
そう言い合うと同時に同じ命を下していた。
「「これよりイスタンブール攻撃を始める全軍進撃開始しろ(せよ)!!」
そして『闇千年城』では、
「エミリアちゃん、スミレから連絡。北アフリカ方面軍の輸送終わったって」
「姉ちゃん、オーテンロッゼ、アトラス院攻撃開始するって連絡が入ったよ」
「おい、『闇師』、エンハウンスがネロ・カオスと合流した」
「ネロ・カオスからも連絡が入った。これからイスタンブールを攻撃するとの事だ」
「ヴァン・フェムからもドーヴァーを越えると連絡が入った」
『地師』らからの報告を聞き『闇師』が頷く。
「ふふ、さすがは陛下、そして兄上、あえて三方向から攻勢を掛けて敵戦力の分散を狙うとは・・・」
だが、この作戦異論も多かった。
多方向からの攻勢は敵の戦力も分散出来るがそれは裏を返せばこちらの戦力も分散されてしまう。
これで各個撃破の対象とされ、あまつさえそれが成功すれば今後の侵攻に大きな支障が出てしまう。
だが、この異論をねじ伏せたのは戦線の膠着と言う潜在的な危機だった。
「戦線が膠着すると言う事は、新たな死者の確保が出来なくなる。死者や死徒だって完全な不死じゃない。血の供給元がなくなりゃ勝手に滅んでいく。そうなりゃ俺達はジリ貧だ。俺達の目的を果たした後ならまだ良いが今はまだその時じゃない」
最後の部分は省略されての意見に多くの死徒が賛同。
多くの不安を抱えたまま、博打に近い作戦が遂行される事になった。
作戦名『バミューダ』。
航空機や船舶の原因不明の消失事故が多発する地帯の名をなぞらえての作戦だった。
「さてと、じゃ俺らも行くか」
『風師』の言葉に頷きあう『六師』。
彼らの休暇も終わりを告げたのだ。
そして同時刻玉座の間では
「陛下」
「どうした『影』」
「はっ実はお願いがございます」
『六王権』が最も信頼を寄せる最高側近よりある陳情を受けようとしていた。